初夏

ちょっと無謀?連続深夜

昨日、やっと9月の勤務表が出来てきました。
いつも遅いんですよ。みんなから文句出ても出来上がるスピードに
変化なし。
おまけに希望は3回まで、で予定の多い人は困ってます。

本人に承諾なしに希望の休みが消されてたり、抗議すると
「誰かと個人交代してもらって。私も勤務繰るの大変なんだから
かわりにやってくれる?」・・・・はぁ?

9月のはじめに、わけあって連続で2回深夜勤務をやります。
以前いた病院では経験したことあるんですが、昔の私は今の私と違い
大丈夫だろうとは思うものの、ちょっと心配。
その日の休みの希望者が多くて日勤メンバーが少々心配なメンバー
・・・らしいのです。
当初準夜予定だった私が、頼れるメンバーに日勤に入ってもらえるように勤務を調整してもらって
深夜に入ることにしました。
相方も同じく一緒に連続深夜となりました。
kikujiroさん、私に何かあれば宜しくね。

新人さんも夜勤が入るようになって慣れてきてもいい頃なんですが
まだまだ、手放しで任せられない、という状態だそうです。
人の成長はそれぞれですから、成長にかかる時間もそれぞれですよね。
とはいえ、早く任されるメンバーになってね。

10月には勤務異動の発表もあるらしくて、異動になったらどうしよう。


私の休みの希望は消されることなく無事、入れてくれてました。

良かった。





by なむ  at 10:15 |  未分類 |  comment (19)  |  trackback (0)  |  page top ↑

月夜の晩

私達がこの世界に誕生する前、私達は別の世界で形を持たない存在として
そのときを待ちながら漂っていました。
形を持たない私達はお互いを見ることも触れることも出来ずに
それでも互いの存在を感じながら、そのときを待っていたのです。

この世界への誕生を長い時間待っていたのです。
肉体を持った事で互いの姿を見ることも触れることも出来るようになった私達は、
あらゆることを経験して生きていきます。
時に不条理な出来事もそれは必然的な出来事でもあります。
何故、こんなことになるのかと思うこともあるでしょう。
それは私達の魂の成長のためだからです。

未熟な魂は様々な経験をとうして成長して生きます。
身体を持った事で太陽の光を感じ、雨や風を感じ、夜の静けさを感じ
生きていくことで喜びを学び怒りを学び悲しみを学び楽しさを学びます。
病の苦しみは病にならないと分りません。罪の愚かさを知るために罪を侵し、別れに涙することを覚え、突然に命を失うことで命の尊さを知り
愛し愛されることで悦びを感じ、怒りは力にも変わることに気づき
憎しみは哀しみに繋がることを学び、祈りは慈悲の心を作り出し
傷ついた痛みは思いやりに変わっていくことを知り、愛と嫉妬は一つのものから生まれてくることを学び、争いは恐怖と不信を生み、慈しみは信じる心を育て、闇の深さに神を創造し、
光の中に希望を見出す。そうしながら長く短い人の生を生きていくことで
多くのことを経験して成長していくのです。

時が経ち肉体から離れる時が訪れると、再び私達は漂う存在に戻り
また、誕生のときを待つのです。
次のときにはどんな出会いが待っているのでしょう。
どんな人生を歩み経験していくのでしょう。

そう考えると少しだけ楽しみになりませんか?

この宇宙の誕生とともに私達は誕生しました。
私達はこの宇宙と繋がっているのです。
私達もこの宇宙の一部なのです。
星の誕生とともに新しい魂が産まれ、星の消滅とともに魂は
生まれ変わることのない世界へと旅立っていきます。

その間、生まれ変わりを繰り返し私達は出会い学んでいくのです。

月夜の晩、新しい星がどこかで誕生していることを思いながら想うのです。

次のときもまた、お逢いしましょうね。



by なむ  at 19:12 |  未分類 |  comment (14)  |  trackback (0)  |  page top ↑

2人の産婦人科医のはなし

以前観ていたTV番組で偶然知った2人の対照的なドクターのはなし。
一人をA医師としましょう。A医師は中絶を否定し、なんとか出産に
導こうとしている医師です。誰も産まれてこようとする命を奪う権利はない、と、どの子にも無事産まれてきて欲しい、産んでほしい、と中絶を希望する女性を説得します。そんなA医師の信念を理解し彼を雇っているB医師がいます。
A医師の説得に心の変わらなかった人の中絶依頼を受ける事もあります。
B医師は処置をする前に女性に優しく声をかけます。
「痛くないようにしてあげるからね。」
その一言に救われるのでしょう。
B医師を父親のように慕って相談や話をしに若い女性達がやって来ます。ひょっとしたら、彼女達は男性の中に父親を求めていたのかもしれません。
その後、A医師は自分の信念を実現するためにも独立開業しています。
勿論、中絶は受け付けません。命を守るためです。
たしか、絵本を書いてます。題名を忘れてしまいましたが本屋で見かけたことがあるので、本屋に行けば見ることが出来ると思います。
B医師は学校を中心に講演をしています。
2人のドクターはやり方こそ違いますが目的は同じだと思います。
    「命を護る。」 その目的は同じなのではないでしょうか。

この世界には命が溢れています。鳥や犬やネコや魚や昆虫や植物等々
そのどれもが同じ命ならその数は天文学的な数字になるでしょう。
けれどその命の中で人の命は一握りにもみたない数なのではないでしょうか。天文学的な数字の中で、一握りにも満たない人として生まれてくること、他の何者でもなく人間という命を受けてこの世界に産まれてくることは奇跡なんですよ。
私達一人一人は奇跡の存在。虫でもなく動物でもなく花でもなく
人としてこの世界に産まれてきたんです。

誕生を祝福されて生命はこの世界にやってくるのでしょう。

もし、誰からも祝福なんてされてないと思っているのなら
世界があなたを祝福していますよ。
そして、私もあなたに祝福を贈ります。

おめでとう。あなたは人としての生命を受けてこの世界に産まれて来ました。
ありがとう。あなたが産まれてきてくれたから私はあなたに出会えました。
ありがとう。命を与えてくれて、ありがとう。





 

by なむ  at 19:11 |  未分類 |  comment (10)  |  trackback (0)  |  page top ↑

2人の産婦人科医

私が今の職場に就く前、臨時職員として産婦人科病棟で働いていたことがあります。
毎日が忙しくて、それまで整形病棟での経験しかなかった私には
勉強にもなるけれど人間としていろいろな事を考えさせられる場所でもありました。
病棟にはお産でくる女性以外での入院もあります。
病気だったり、流産予防のためだったり・・・・中絶のためだったり。
詰所のボードにはその日ある中絶処置の予定が書かれてあります。
時間と名前、番号。
多い日で3人次々と処置が待っています。それを一人でこなさないと
イケないので殆ど流れ作業です。
私もよく処置の介助につきました。まだ若かった頃ですから
彼女達になんて声をかけていいか解らず、なんて声をかけていたか
もう覚えてはいません。
麻酔で薄れていく意識の中で「ごめんね。ごめんね。」と繰り返している人。
処置が終わってストレッチャーに乗せて病室に帰ります。
丁度、新生児室の前を通らないといけないのですが、面会時間と重なって部屋の前では嬉しそうに赤ちゃんを見つめているお爺ちゃんやお婆ちゃん、お父さんと兄弟達でごった返してます。
次の処置もあってそのまま進むしかありません。

その時、女性がそっと毛布で顔を隠し泣いているのがわかりました。
私はなんて酷いことをしているんだろう。この人は悩んで悩んでこの
選択をしたのに。辛い思いを散々してきただろうに、これではまるで見せしめだ。

それでも、ストレッチャーを押して進むしかありませんでした。

ある日、処置が終わってドクターが私にいいました。
「あなたの処置の(介助の)仕方が一番上手ですよ。」
同僚にも「アウス(中絶)のプロになれるよ。」
手際がいいという意味で悪口ではないのですが、堪えました。
間接的とはいえ、命の芽を摘み取る手伝いをしてるような罪悪感が
心の中にありました。

やって来る人には高校生もいれば中学生もいました。親が付き添ってきたり彼氏と一緒だったり。処置の出来るギリギリの数週でやってくる人もいて
こういう場合は普通のお産と同じ方法をとります。
小さな棺に入れられて、付き添ってきた母親に渡される光景は今でも
鮮明に覚えています。
看護学生が実習にやってきていた時、最終日でのカンファレンス。
一人の学生が「中絶は絶対やってはいけないと思います。」と言いました。これに助産師が答えます。
「その人の背景も見てあげてください。ここにいたるまでのその人が置かれていた背景まで考えてあげなければいけません。
中絶はいけないことでしょう。けれど、ただイケないと言うだけでは駄目なんですよ。その人を見てあげないと後ろにあるものも見てあげないとね。」
その時学生だった彼女たちも、今では看護師として第一線で活躍していることでしょう。
あの時の助産師の言葉は今でも彼女達の中にあるんでしょうか。

数ヶ月の短い期間ではあったけれど、ここでの経験は今でも重く感じます。

2人の産婦人科医の話を知ったのはここ最近のこと。
でも、長くなりそうなので次にしましょう・・。




 
by なむ  at 14:06 |  未分類 |  comment (11)  |  trackback (0)  |  page top ↑

思いっきり背伸びをしてみれば、・・・・・

職場でも自宅でも机に座っているとフと自分がかなり前かがみになって
座っていることに気が付きます。
タダでさえ姿勢が悪くて猫背の肩こり持ちなのに、これでは
ますます身体にいいわけないですよね。
背骨にだって筋肉にだって内臓にだって負担がかかるものね。
ぽっこりお腹は姿勢が悪いと益々ぽっこりになるんですって。
腹筋が弱くなって、内臓を支えられなくなってそのせいで出てきて
しまうんですよって言われたことがあったっけ。

気をつけよう。
ぽっこりお腹が可愛いのはキュウーピーちゃんくらいだね。

だから、時々背伸びをしてみるの。
両足をしっかりふんばって両手で天井や空を押し上げるイメージで
思いっきり背伸びをしてみるの。
両手を左右に広げて思いっきり伸びてその腕で空気を抱きしめるように
大好きな何かを抱きしめるようにしてみるの。
少しだけ縮んだ体が伸びたよう、少しだけ前かがみだった背中が真っ直ぐになったよう、
少し縮んでた気持ちが膨らんだように感じるよ。
肺に沢山の酸素も入ってくるからボンヤリした頭も少しスッキリするよ。

毎日ガラスや鏡に映った自分をチェックしてみるの。
そうして、少しだけ背筋を伸ばしてみてみるの
少しだけ胸を張ってみるの
ちょっとだけ顔を上げて前向きにしてみるの。
気持ちもチョット前向きになったよう。

自分の映る姿は好きではないけれど、姿勢が違えば少しはマシな風に
みえるかな。
気持ちまで前かがみじゃ足元しか見えないよね。
いつも足元に何か落ちてるわけではないから。
前を向いてても足元だってちゃんと見えてるものでしょう。
視野が広がって、目でも気持ちでも何かが違って見えてくるかも知れないから。

だから、思いっきり背伸びをしたら、伸びた気持ちも維持していこう。
せっかく始めたことだから、また縮みそうになれば
身体と一緒に気持ちも背伸びさせよう。


そうそう
私、寝てる時にも身体を伸ばしてしまいますが、よくこむら返りを起こしてのたうってしまいます。
寝ながらでの身体伸ばしは注意しましょう。






by なむ  at 15:38 |  未分類 |  comment (18)  |  trackback (1)  |  page top ↑

農地転用と田舎の事情

私のいる職場には地元人だけでなく市内からも仕事に来てる人が何人もいます。通勤する人、近くに部屋を借りてる人、寮や官舎にいる人と様々です。生活たいへんだろうなー、とつくづく思います。

一人、今のアパートを3ヶ月後には出て行かないといけない人がいて部屋を探している状態。町営の住宅もあるのですが、条件が合わないので無理だそうです。部屋も空きがなくて大変そう。
空き家もあるのですが、所有者が人に貸すと家が壊れてしまうからダメと言ってるそうですが、家って人が住んでこそ長持ちするものだと思うのですけどね。
この田舎で部屋探しは大変ですよ。不動産屋があるわけでもないし
土地や家の売り買いは個人でやっているような状態。
田んぼの真ん中に家が建ってたりは普通に見かけますからね。
最近市内の不動産屋もこちらの物件を取り扱う事もあるようで、
問題は転用です。農業委員会に届出なんかしてるはずもなく、中古の物件を買ったら地目が農地のままだったということがあったと聞きます。
おそらく届出や許可なんか知る由もないのだと思いますよ。
自分の土地だから、と勝手に処分してるんではないかと推測しますね。
ダメですよー、勝手にやっちゃー。
資格は取ってませんが宅建の勉強をしていた経験上分ることなので
田舎のおんちゃんが何処まで知ってるかは疑問です。
きっと、そこかしろそんな物件が多いのだろうな。表題登記くらいは変更してるよね。税金きちゃうし。
田舎だから出来ることなんだろうけど、やっぱり専門家に任せる方が無難ですよね。  
   宅建を取ってもいいかもしれない。
空き家で所有者のいない物件で商売できればいいけれど、田舎にわざわざ住む人がいるのかな。

私の父親が農業委員なのは知ってたのですが、家に来た書類に父の名前の他に委員として私の名前もあったような、気がするのですが。

やっぱり宅建取っておいた方がいいかな。

   勿論、今は行政書士に集中してますよ。



by なむ  at 12:39 |  未分類 |  comment (7)  |  trackback (1)  |  page top ↑

いごっそう男 と はちきん娘

夜勤の時相方は癒しの彼女でした。
彼女の彼氏の話になって、何時結婚するの?とかいろいろと聞きまわっていましたが、何かの話の拍子に内容が離婚の話になりました。
彼女が言いました「高知の女性は「はちきん」なだけあって
別れるとなったらアッサリと別れるんですって。」
「そんなにゴチャゴチャやらずにパッと決断するんですって。」
高知では男性は「いごっそう」女性は「はちきん」と言ったりします。
「いごっそう」はへそ曲がり、頑固者を意味します
「はちきん」は男勝り、じゃじゃ馬、お転婆を意味します。
場所によっては多少の意味の違いはありますが。

「いごっそう」と「はちきん」ですから、高知の離婚率が結構高いのも分るような気もします。
県民性というんでしょうかね。
彼女は続けて「女性の職場進出も進んでるし。昔から平等意識があって女性が仕事しやすいということもあるし、生活力があって
この旦那じゃダメだと思ったらサッと捨てるんですって(笑)
男よりも男らしい、ていうところがあるんですよ。」と言ってました。

自分を振り返って・・・・・うーん・・どうなんだろう。
生活力はあると思うけれど、男らしいところはあるのかなー。

確かに所得は低いから、夫婦共働きでも生活は大変だと思う。
女性が元気で逞しい・・それもうなずけるかな。
よさこい祭りだって踊っているのは女性が圧倒的に多いし、決して男性が弱いというわけじゃないし、雄雄しいところだってあるんだけれど
どうもそれ以上に女性が雄雄しく見えることもあるんですよね。
坂本竜馬の姉・乙女姉さんも竜馬に剣術を教えていたって聞いたこともあるしね。
こうも彼女は言った「高知から離れてもその土地の言葉に完璧染まって欲しくないです。どこかに自分は高知の人間だっていうものを持っていて欲しいんですよ。言葉のどこかに土佐弁が残っていて欲しい。」

・・・・・・・ということで以下土佐弁で、
私より彼女のほうが「はちきん」やないがかよ?
そう言うたら女性参政運動の発祥は高知やなかったろうか。
昔からえらかったんやろうね。けんど、がいなばっかりやのうて
可愛いところもあるがやき。なごうに付きおうたら分るきよ。
・・・・・・分りました?
わたしよりも彼女のほうが「はちきん」じゃないかな?
そういえば女性参政運動の発祥は高知じゃなかったかな。
昔から強かったんだろうね。けれど強いばかりじゃなくて
可愛いところもあるんですよ。長く付き合えばわかりますよ。

と、こんなところかな。

病院で働いていて気づいたことに、認知症のある人で男性は奥さんを探して奥さんの名前を呼んだりして、奥さんを頼っているのに対して
女性で旦那さんを探したり呼んだりする人は少ないんですよ。
子供は呼んでも旦那さんを呼ぶことがあまりないのです。
何か感じるものがあるのですが・・・。

夫婦円満が一番良いのでしょうが、事情は様々ですからお互い気長に
ジックリと夫婦になっていってくださいね。


by なむ  at 21:58 |  未分類 |  comment (18)  |  trackback (0)  |  page top ↑

この花なんていう花

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ちょっと見にくいですが、濃いピンクの花です。 家の駐車場の近くに咲いているんですが花の名前がわかりません。お盆の時期に咲いてくれるので、お墓や仏壇に飾ったりしてます。 小さな可愛い花です。
by なむ  at 13:10 |  未分類 |  comment (17)  |  trackback (0)  |  page top ↑

Water Me

BONNI PINKの歌です。彼女の歌はあまり聴かなかったんですが、
この歌を聴いてから彼女に興味を少し持つようになってきてます。
砂漠に凛と咲く花・・・・砂漠は今の私の心でしょうか。
花は目標かな。枯らさないでと叫ぶの・・・諦めて消してしまうな、てところでしょうか。
何となく今の自分の気持ちに当て嵌めてしまってます。
今、心は砂漠です。法律の勉強していれば特に。
書かれてある文章としての法律には血は通ってませんが、そこに
血肉を与えるのが法律を扱う人になるんでしょうね。
感情が入りすぎてもダメで入らなくてもダメで、曖昧な答えもだせない。感謝もされれば恨まれもする。けれどそれで助けられる人達がいる。私も護ってもらっている。
法律って身近なんだけれど遠くに感じます。

誰かが裁判では犯人に弁護士がつくなら被害者にも弁護士がついたらいいのに、と言ってました。
被害者を弁護する弁護人、検察ではダメだと言いたかったのかな?
法律に詳しい人ではないけれど、今の裁判に疑問をもっているようです。
私も法律の知識は持ってなかったから苦労したけれど、最近は理解できるように少しはなれたかも。
Water Me・・・・心に余裕のようなゆとりのような、潤いを与えてもらえたらいいのに。なんでもいいんです。言葉だったりメールだったり風景だったり音楽だったり、人であったり天気であったり、少しの休憩だったり。
砂漠に落ちた水はすぐに乾いてしまうけれど、水が沢山なら蒸発しても雲になって雨を降らしてくれるかもしれない。
砂漠の花だって枯れずにすむ。ひょっとしたらもっと花が咲くかもしれない。

受験生には贅沢なことでしょうかね?


by なむ  at 14:32 |  未分類 |  comment (12)  |  trackback (0)  |  page top ↑

みんなが元気になりますように

どうしても気力が出ないとか元気が出ないことってありますよね?
仕事中でも勉強中でも、こんなことじゃ駄目だと思えば思うほど
勉強は捗らないし気力も途切れてしまいます。
こういうときは諦めて気分転換して、皆さんのブログ廻りして元気もらって気力復活させてます。
やっぱり資格は取りたいし、同じ世界でやってみたいし生きてみたいし。・・・・で、勉強するしかないし。

仕事中、やる気になれない時に患者さんから元気もらうこともあります。元気を与える側の私が元気にしてもらってます。
素直に感謝してます。

私も誰かに元気をあげているのかな?
私が貰ってばかりのような気もするんだけれど。
「自分も元気がもらえたよっ。」て言ってもらえる人になりたい。
少しでも成れてるかな?
本当にはその人のこと経験不足から理解できない部分もあるけれど、
理解出来なくても共感することは出来ると思う。
気持ちを共有しあって共感出来れば見えてくることもあるんじゃないかな。仕事でも付き合いでも。
嫌なことがあっても笑いながらでも話していれば吹き飛ばせるでしょ?
最初からいきなりは変だから、話してるうちそのうちに
笑って嫌な事吹き飛ばしてスッキリして元気になれたらいい。

自分にも元気を貰えるものね。
だから

みんなが元気になりますように。


by なむ  at 09:32 |  未分類 |  comment (20)  |  trackback (0)  |  page top ↑

思い出に残る医師のこと

看護師として働いてるといろんな医師に出会うこともあります。
本当に皆さん個性的で、気難しい人や親しみやすい人や様々。
患者さんに見せる顔と職員に見せる顔が極端に違う人もいたけれど
患者さんには笑顔を見せていたから、それはそれで好しとしよう。

ひとり、この病院には2回赴任してきた医師がいました。
とてもとてもいい先生でした。患者さんのために全力で仕事して
その勢いは変わることなく、以前赴任して来た時と寸分も変わっていませんでした。
普段は声が大きく豪快な喋り方をしますが、病室では静かに患者さんの声を聞きながら話をする先生でもあります。

家庭では4人の子供のパパで、お酒が好きで、釣りが好きで職員とよく釣りにも行ったり、
大の阪神タイガースファンで休みには子供達を連れて甲子園に行ったり。阪神の負けた翌日は
不機嫌な顔をしてるけれど、話かけるとすぐに笑顔になる先生。子供も阪神の帽子をかぶって小学校に行くくらいの親子でファンやってます。

大阪の病院にホスピス専門の研修に行ってきたこともあって将来はホスピスにいくんでしょうね。
「大阪はいいよー。そのうち一家で移住しようかと思ってる。」
そう話していたけれど、それって甲子園に行きたいからでしょう?

この先生職員を苗字ではなくて名前で呼びます。・・ちゃん、・・さん
という感じで。
声がよく通るので、廊下に出てきて病棟中に響く声で
「なっちゃーん、なっちゃーん・・。」
・・・と、私を呼んでくれました。
お願いです。患者さんが誰のことを呼んでるんだ!という顔して私を見てるので、廊下で名前は呼ばないで下さい・・・。

私よりも若いけれど、人間的なスケールの大きさは誰にも負けないだろうな。地元の楽団に所属して院内コンサートを開いてくれたり、地域のため患者さんのために、いつも背筋をピンと伸ばし颯爽と歩いていた先生。嫌な面もあったけれど、いい面が多かった先生。

「子育ては皆でやる。」というルールのもと、兄弟同士が面倒みたり、先生も帰宅すればお風呂に入れたり一緒に遊んだり甲子園に行ったり・・・。いつも大忙し。
仕事が終わっても、呼び出されたり夜中に電話がかかったり、と仕事から解放されない毎日。
「これじゃあ、充分子供と接する時間を取るのは難しい・・。」
そうして自ら診療所勤務を希望し、今年ここから遠い診療所での勤務に就きました。
きっと先生のことだから向こうでも皆さんから慕われ愛されているんでしょうね。子供達と過ごす時間も増えたことでしょう。
そして、将来念願だった大阪に移住して、野球観戦を楽しみながらホスピスの専門医として活躍するのでしょうね。

先生、いつまでもその勢いは変わらないでいてくださいね。




by なむ  at 13:32 |  仕事 |  comment (18)  |  trackback (0)  |  page top ↑

職業体験

毎年8月高校生、中学生を対象に「ふれあい看護体験」という職業体験が企画されます。
今年も何名かの高校生がやってきました。
まずは戴帽式です。ナースキャップを付けてもらいナイチンゲール像の持つキャンドルから灯をわけてもらうのですが、私が看護学生の時、ナイチンゲール誓詞を誓った後、蝋燭の灯を指で摘まんで消すのです。が、これが
なかなか上手く消せなかった経験があります。
職業体験でもそれをしたのかは分りませんが、一番感激する体験だとは思います。

今、病院のほとんどはキャップレスなので、係りになった看護師がキャップを付けている姿はかえって違和感があります。
しかし、白衣を着てキャップを付けた高校生は初々しくていいですね。
自分にもそんな時があったんだなー、と懐かしくもあり、くすぐったい気もしたりします。
学生の担当になった看護師が病室に案内しながら説明をしたり、
実際に患者さんの足浴をさせたり、食事介助などの体験を指導します。
初めての体験に緊張しているのが見ている私にも伝わってきました。
TVや遠くからでしか見ることのない仕事ですから、いい経験になってくれるといいですね。

今回来た学生達も将来看護師を目指している人達です。
彼女たちの夢が目標となり実現した時、看護師として働く時、彼女達を
取り囲む職場環境が恵まれたものになっていることを願います。

深夜勤務の時、相方は55歳のベテランの方でした。
「私もね、来年の6月一緒に辞めることにしたの。」
「定年まで勤めないの?」
「この歳でこの仕事はキツイ時があるしね。それに、大きな失敗をする前に辞めた方がいいかなと思ってね。子供が20歳だからもう少し頑張ってみようかと思ってたんだけど、定年までは続かないわ。」
私でも夜勤がキツく感じることもあるくらいだから、彼女はもっとキツイかもしれないな。そんなこと病院側は分ってくれていないんだろうけれど。
「送別会はしてもらわなくてもいいんだけどな。わたし。」
「うん、私も。花束をもらうだけでいいわ。」

ふれあい看護の当日、旦那さん先生が「今日はなにかあるみたいですね。」と聞いてきたので
「ふれあい看護体験ですよ。高校生が何名か来てるそうですよ。」
「いいなー、僕も学生とふれあってこようかな、喜んで患者になりますよ。足浴してもらったりしたら嬉しいな・・・・・。」そう言う旦那さん先生の横で嫁さん先生は笑っていましたが
目は笑ってませんでした。怖い・・・・。
そのときのことを同僚に話すと旦那さん先生を彼女は一言
「そんなのただのスケベオヤジじゃん。」  と、切り捨ててました。

ちなみに旦那さん先生は35歳です。



by なむ  at 13:54 |  未分類 |  comment (14)  |  trackback (0)  |  page top ↑