Sun
06/29
2008
この世には神も仏もいないのか?
「神様はいますよ。」
手相を鑑定してくれてる方がハッキリと言いました。
「ずっと私達を見守っていらっしゃいますよ。」
なら、何故神様は救ってくださらないのか?
何故、人心の心が乱れ、国が乱れても神様は手を差し伸べてくれないのか?
戦争や事故・事件に巻き込まれた時に命を救ってはくれないのか。
けれど、神様は自ら救いの手を差出はしないのでしょう。
それが慈悲の心ではないから・・・・。
神様は見守っています。
人の世の移り変わりを
人の心の移り変わりを
人が人として在るまま在るように在るが好しとして
見守っているのでしょう。
生きて生かされていること
そのことが、神様の慈悲かもしれません。
神様なら命を繋ぐことも奪うことも造作の無い事でしょう。
もし、神様が
生きていると碌な人にはならないから
人に迷惑をかけるだけだから
生きている価値はないから
意味はないから ・・・・と
突然に命を終らせてしまったら・・。
それこそ 無慈悲というものでしょう。
それをしないことは慈悲の心を持って見守っているからなのでしょう。
全てにおいて意味の無いものこそないのだ・・と。
こんな話を聞いたことがあります。
人は「仏の種」を持って生まれてくる。 ひとりひとり全ての人がこの「仏の種」を持っている。
どんなに極悪非道な者でも「仏の種」を持ち、仏になることも出来るのだと。
神様は「仏の種」を人に託し、やがて種が芽を出すことをずっと
見守っているのです。
たとえ種から芽がでなくても、その葉が枯れても、倒れてしまっても
それでも見守り続けているのです。
いつか、芽が出てくることを、枯れた葉が再び青葉を伸ばすことを、
倒れても立ち上がることを ずっと待っているのです。
どうすれば種を育てることができるのでしょう。
よく「徳を積む」という言葉をききます。
神様に感謝し、人に感謝し、生きて生かされていることに感謝をする。
人のために行ったことは自分にかえってくる。
「情けは人のためならず」
人に情けをかけると、いずれは巡り巡って自分に徳となってかえって来る。
このことなのではないでしょうか。
人を救うのは人なのです。
そして、神様はそれを望んでいるのでしょう。
自らが手を差し伸べるよりも、人同士が助け合うことが大事なのだと。
時に神様はそっと力を貸してくれることがあります。
見えない何かを感じたとき。
ひょっとしたら、神様がそっと力を貸してくれたのかもしれません。
その時は神様に感謝して
小さなことでもいいのです。
何か善きことをして返してみましょう。
手相を鑑定してくれてる方がハッキリと言いました。
「ずっと私達を見守っていらっしゃいますよ。」
なら、何故神様は救ってくださらないのか?
何故、人心の心が乱れ、国が乱れても神様は手を差し伸べてくれないのか?
戦争や事故・事件に巻き込まれた時に命を救ってはくれないのか。
けれど、神様は自ら救いの手を差出はしないのでしょう。
それが慈悲の心ではないから・・・・。
神様は見守っています。
人の世の移り変わりを
人の心の移り変わりを
人が人として在るまま在るように在るが好しとして
見守っているのでしょう。
生きて生かされていること
そのことが、神様の慈悲かもしれません。
神様なら命を繋ぐことも奪うことも造作の無い事でしょう。
もし、神様が
生きていると碌な人にはならないから
人に迷惑をかけるだけだから
生きている価値はないから
意味はないから ・・・・と
突然に命を終らせてしまったら・・。
それこそ 無慈悲というものでしょう。
それをしないことは慈悲の心を持って見守っているからなのでしょう。
全てにおいて意味の無いものこそないのだ・・と。
こんな話を聞いたことがあります。
人は「仏の種」を持って生まれてくる。 ひとりひとり全ての人がこの「仏の種」を持っている。
どんなに極悪非道な者でも「仏の種」を持ち、仏になることも出来るのだと。
神様は「仏の種」を人に託し、やがて種が芽を出すことをずっと
見守っているのです。
たとえ種から芽がでなくても、その葉が枯れても、倒れてしまっても
それでも見守り続けているのです。
いつか、芽が出てくることを、枯れた葉が再び青葉を伸ばすことを、
倒れても立ち上がることを ずっと待っているのです。
どうすれば種を育てることができるのでしょう。
よく「徳を積む」という言葉をききます。
神様に感謝し、人に感謝し、生きて生かされていることに感謝をする。
人のために行ったことは自分にかえってくる。
「情けは人のためならず」
人に情けをかけると、いずれは巡り巡って自分に徳となってかえって来る。
このことなのではないでしょうか。
人を救うのは人なのです。
そして、神様はそれを望んでいるのでしょう。
自らが手を差し伸べるよりも、人同士が助け合うことが大事なのだと。
時に神様はそっと力を貸してくれることがあります。
見えない何かを感じたとき。
ひょっとしたら、神様がそっと力を貸してくれたのかもしれません。
その時は神様に感謝して
小さなことでもいいのです。
何か善きことをして返してみましょう。


